Hiroshima EXsite ヒロシマ・エクサイト

EXpression,EXhibition,EXperience……広島を文化でEXする、そんな場(site)を旧日本銀行広島支店に探る活動です。

Hiroshima EXsiteは、
旧日本銀行広島支店における市民提案による文化イベント実施事業(広島市委託事業)です。

■NPO法人アートプラットホームG、NPO法人セトラひろしま、広島文化会議準備会、ひろしまジン大学
■contents編集・デザイン ひろしまジン大学 ■連絡先 NPO法人アートプラットホームG TEL 082-211-3260
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EXsite of the month!; After 3.11

今月のEXsiteは,「東日本大震災」
311.jpg

昨年10月から始まったEXsiteも今回で一区切りとなります。

3月11日,忘れてはならない「東日本大震災」から1年。
今回のEXsiteは,この未曾有の大震災がテーマです。

アートを通じて何を伝えることができるか,
考えてもらいたいと思っています。

EXsiteの締めくくりとして,
広島の現在を生きる人々に
是非見ていただきたい展示内容を考えています。

原発問題を抱えるフクシマは,
ヒロシマと同じ核の問題を後世に残しました。
私達は,ヒロシマとフクシマの問題をもっと身近なこととして知り,
考え,自分達に出来る行動をとらなければなりません。

ヒロシマは,戦後の復興のなかで何を見てきたのか? 
そして今,フクシマで何が起こっているのか? 

知らないということは,
過ちを繰り返すことに繋がることを知っていたはずなのに,
67年の間に忘れてしまったのでしょうか。

旧日本銀行広島支店という被爆建物で展開する作品達が,
忘れていること,知らないことに気付かせてくれることを願います。

この半年間,旧日本銀行広島支店との関わりで得た記憶は,
次へ繋げていけるよう考え続けたいと思います。

この建物が存在する限り,その歴史的背景や価値,
役割を後世に残すために最善の方法を考えずにはいられません。

2012年,67年目の原爆の日が訪れます。
この建物が単なる展示会場でなく,
広島の記憶をも見せることの出来る姿にEXsiteされていることを願って。

EXsite vol.6
きみは3.11を見たか?

3月17日(土)~25日(日)
10:00~17:00


ひろしまジン大学講義→17日(土)13:30~17:00

主催 NPO法人アートプラットフォームG

参加作家・団体
齋藤さだむ/若松丈太郎/アーサー・ビナード
岡部昌生/港千尋/吉村芳生
Beacons from Hiroshima


EX University presented by ひろしまジン大学

3月11日で1年を迎える東日本大震災。
その記憶を写真やアート,詩などで伝える
『あなたは3.11を見たか?』展とのコラボレーション授業を行います。

先生にお迎えするのは“美術界のオリンピック”と言われる
国際美術展覧会『ヴェネチア・ビエンナーレ』の
日本館代表展示作家に選ばれ,世界的に活躍する現代美術家・岡部昌生さん。

そして,旧日本銀行広島支店の歴史を教えて頂くため,
被爆時の状況を語り続けている元・旧日銀警備員の難波康博さん。

ワークショップ,旧日銀内のガイドツアーを通して,
3.11,そして8.6を一緒に考えてみませんか。

EXsite vol.6『記憶がアートで浮かび上がる! ~8.6と3.11』

3月17日(土) 13:30~17:00 教室:旧日本銀行広島支店
講師:岡部昌生(現代美術家,札幌大谷大学短期大学部教授)

参加には学生登録(無料)が必要です。
授業内容・参加方法など,詳しくはひろしまジン大学HP
http://hirojin.univnet.jp

3月 その他の授業計画

「上田宗箇 武将茶人の世界展」関連企画 特別授業
おこたで。~今,伝え継ぐこと~


3月11日(日) 14:00~17:00
教室:ひろしま美術館
トーク:上田宗篁,七代 金城一国斎,キムラミチタ,水木祥子


空飛ぶ円盤!? ~次世代スポーツ 
フライングディスクを飛ばせ!~


3月31日(土) 14:30~17:30
教室:広島市中央公園
先生:佐々木良忠(広島県フライングディスク協会理事長)
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| 今月のEXsite | 18:29 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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インタヴュー 岡部昌生さん

okabemasao1.jpg

フロッタージュ(擦り出し)という手法を用いて,
都市の記憶や痕跡を写しとる現代美術家の岡部昌生氏。

80年代より広島の被爆の痕跡を作品化し,
2005年には広島市現代美術館で個展を開催。

旧日銀でもワークショップを行うなど,広島との関わりも非常に深い。

今回EXsite vol.6に参加,新作「土の記憶」を展示する。

3.11以降,岡部氏が向かう先は?
世界的アーティスト・岡部昌生が「過去/いま/未来」を独白する。

インタビュー・構成/ひろしまジン大学



岡部昌生×広島

1986年秋,はじめて訪れた広島は強い陽射しの日だった。
79年パリ路上でフロッタージュ作品「都市の皮膚」の評価を受け,
86年に広島市現代美術館開設準備室からテーマ「ヒロシマ」の制作委託の声が掛かった。

広島の路上から都市の記憶を擦り出すという依頼には,
「都市は巨大な版である」という大きな視点の獲得があったからだろう。

しかし,広島を知らない人間がヒロシマを表現することへの重さ,
それを埋めるのに1年の時間を要した。

ヒロシマにつながる微かな記憶。

北海道に生まれ育った私にとって,
日本の東端の町にも及んだ戦争で,
3歳の時に焼き付いた「根室空襲」の光景を手繰り寄せ,
内面化することなしには,この街には向き合えなかった。

広島を訪れ,平和記念公園の美しい芝生や
5000本もの見事に繁る樹木から,わずか50センチ掘り下げると,
廃墟と化した都市が横たわることを知り,

これから『広島』で『ヒロシマ』を考え続け,
作り続けることの重さ,
美術によって生を問うということの大きさと巡り合わせを思った。

地勢図から見える広島は,
開いた手が海に触れている身体のような都市像。

抉られた傷口を癒すようにかさぶたが多い
再生していく身体のようにも感じる。

そこに抱かれる人々も,
ともにその傷の深さを忘れないのだろうと,
人とともに生成する都市を想った。

2004年春,9年間擦り続けた宇品駅プラットホームの遺構が
高速道路建設で消滅した。

私の問いのかたちの喪失だった。

その終わりが新たな始まりを生んだ。

市民による「岡部昌生展広島市民サポーター会議」が立ち上がり,
ここから生まれた4000点の作品展を実現すべく,
月に1回のワークショップを呼びかけた。

その1回目が旧日銀であり,
以後も継続して被爆建物をふくむ1700点のフロッタージュを実現させた。

これに北海道も連動して,炭鉱,製鉄,港湾,滑走路,トーチカなど
ヒロシマにつながる近代遺構を擦り出し採取した。

この2つのプロジェクトを合わせ,
旧日銀と広島市現代美術館を会場とする
「岡部昌生シンクロニシティ 同時生起」を2005年9月開催。

これら一連の市民とともにつくりあげた展覧会は,
2007年ヴェネツィアビエンナーレ参加につながる
広島での集大成とも言えるものだった。

岡部昌生×土の記憶

旧宇品駅のプラットホームの消滅が「土の記憶」のはじまり。
プラットホームの時間と同じく100年ぐらいの時間を保持できるものを考えた時,

そのひとつが植物であり,それを育む土だった。

1センチの土になるには100年かかるという。
土は足元にある時間のカプセル,
手に触れる時間の感触。「AFTER UJINA」と「土の記憶」が,
土の力によって生まれた。

今回は,「土の記憶―ヒロシマ」(2011),
「AFTER UJINA―Beirut/Hiroshima Version」(2011),
「事後のイメージ―戦禍の瓦礫、埋立地の土」(2011),
「土の記憶―フクシマ」(2011),「
土の記憶―縄文にふれて」(2010)と,
フクシマ以後の「土の記憶」を基底とする
「事後/いま/予兆のイメージ」で構成する。

5つの場の底深い所に潜んでいるもの,
積層した時間に手を差し出すことで,
津波のあとの風景を連想させることによる拒絶感を超えたところを,
美術の力によって示したい。

今後は,ここに引き寄せられた5つの場の5つの「土の記憶」,
それをめぐる映像や,テキスト,派生する様々なものを携えて旅をする。

そこから生まれたものもまた抱えて旅の同行とする。
その始まりをここからしたい。
広島,札幌,東京,福島……へと。

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岡部昌生×3.11

『やはり,「忘れない」ということ。

三陸には大きな津波を忘れないとする碑があるという。
でも,忘れる,無視する,
造ってはならないところに造ってしまう。

《この「忘れない」ことと
すべきではない「選択しないこと」とは結びついていて,
今回の災害はそれをはっきりと見せた》と。』

昨年初夏,(北海道)北広島のスタジオでの会話で
港千尋さんはこう述べていた。

広島,長崎の原爆,第五福竜丸事件,
これらは外の核による受動的被害。

だが,ここから何を学んできたのか。
いま,福島第一原子力発電所の事故によって,
内側からの核の脅威に世界がさらされている。

原子力は制御不能のエネルギーであり,
それを「選択しないこと」の意思は,
惨禍を「忘れない」ことの意思だろう。

パリの古いユダヤ人街マレ地区の裏通りには,
ナチによる拉致の史実を刻む「追悼の銘板」が多く掲げられている。

《この学校の165名のユダヤ人の生徒たちが/
ナチのキャンプで/
虐殺された/
忘れることなかれ》

1996年厳冬の2月,フロッタージュ・アエログラムで
碑のことばを擦り取り
広島/ヒロシマへ送った。

「N’OUBLIEZ PAS忘れない。」東欧からアメリカ,
さらにフランスで生きることを選んだ
ユダヤ移民の娘として生まれたニドラ・ポーラーは,
個人の友情以上の使命を感じガイドを務めて,
私のこの手紙の展覧会のテキストにこう綴った。

「忘れてはならない。
“過去を忘れてはならないのは未来を忘れてはならない”からであることを」。


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おかべ・まさお

1942年北海道根室市出身。
フロッタージュによる表現を77年よりはじめる。
パリ,イヴリ・シュル・セーヌに滞在(1979)
169点の「都市の皮膚」を制作。

「都市は巨大な版である」という感慨をえる。
80年代後半より広島の被爆の痕跡を作品化する作業をはじめる。

オーストラリア,ヌーサにおける
フロッタージュ・コラボレーション(1988)以来,
市民とのコラボレーション(共同制作)や
ワークショップを積極的に実施するほか,
国内外の各都市で制作・展覧会活動を展開している。
(旧日本銀行広島支店でも市民とのワークショップを開催している。)

2007年,ヴェネチアビエンナーレ日本館で
広島の被爆建物や痕跡を擦り取った作品を展示。

2011年にはその作品の一部が
MONA美術館(オーストラリア)コレクションされた。

震災後,ベイルートアートセンターの
「Image in the Aftermath 事後のイメージに」に
港千尋とのユニットで参加。

現地で「事後のイメージ―戦禍の瓦礫、埋立地の土」を制作。

現在,札幌大谷大学短期大学部教授。

| Interview | 18:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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旧日本銀行広島支店

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広島市中区・1936年・長野宇平治+日銀臨時建築部

近代日本の建築家第一世代が辰野金吾なら,
長野宇平治は第二世代にあたる。

西欧の古典的な建築様式を完璧なまでに習得し,
各地で多くの銀行を設計した
(金融界は威厳あふれる歴史主義建築を特に好んだ)。

東京の日銀本店は辰野だが,
この広島支店のほか岡山や松江の視点も長野がデザインした。

歴史主義建築の見せ場である
ファサードを真正面から鑑賞してみよう。
タテヨコのバランスや窓の配置などには安定感があり,
手堅くまとまっている。

お約束のオーダー(列柱)やコーニスが付き,
各所に装飾が見られ,いかにも西欧らしい形。

だが装飾はゴテゴテしたものではなく,
オーダーも薄い付柱に過ぎない。

長野は同時期に同じくRC造の「大倉山記念館(横浜市)」で
様式マニアぶりを炸裂させているのに,
本作はなぜこれほど控えめなのか? 

モダニズムへ向かう世界的流れに沿った
と解釈するのが妥当だと思うが,
施主の意向や戦時体制という世相が影響したのかもしれない。

旧芸備銀行本店をはじめとする
広島の歴史主義建築は戦後に続々と解体され,
オリジナルに近い姿で残るのはついに本作だけとなった。

外観は被爆建築とは思えないほどよく保たれているので,
ぜひ室内装飾の失われた部分を復元し,
被服支廠と共に広島の近代史を体感できる
本物の“建築遺産”になってもらえればと思う。

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高田 真(たかた・まこと)
1978年広島生まれ。東京在住の都市プランナー。
アーキウォーク広島 代表として,
広島の建築を内外に紹介する活動を行っている。

アーキウォーク広島HP
http://www.oa-hiroshima.org

| 広島建築遺産 | 18:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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キヲクの再生プロジェクト

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2012年3月10日(土)~
広島パルコ西側エリア


2011年に『核兵器』をテーマにした
アートブックを制作したProject NOW!が、
現在閉鎖中のビル3棟に新たな息吹を吹き込む。

この企画は、分譲マンションの企画や販売、
商業ビルなどの運営・管理を手がける地元不動産会社の
株式会社GAパートナーズの地元貢献の一環だ。

約3ヶ月間にわたって、広島繁華街にアート発信ベースを構築、
“復興と再生”をテーマに、
街とヒトの織りなす記憶の交差点を描き出す。

既に、ちから(Mokumoku Studio)・ 村上渚 ・ 掛田智子が、
外壁に壁画を制作。

3月からは広島のアーティスト達が室内をまるごとキャンバスに見立て、
『記憶』をテーマにそれぞれの作品を創りだしてゆく。

3月10日(土)のオープニング以後は、
【東日本アーカイブ】や【Peace ShadowProject】他、
忘れたくない記憶を伝える様々なコンテンツの展示も随時開催。

たくさんのカタチの「キヲク」がつどう、
このアートシーンに、あなたもぜひ。

| イベント | 18:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『日韓アート交流アクト展~touch~』韓国アートを詠む

EXsite vol.5より

平尾順平(ひろしまジン大学 学長)

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旧日本銀行広島支店で開催されていた
『日韓アート交流アクト展~touch~』に
出展された作品を題材に、

出展された日韓双方の作家さん3名を先生に迎え、
講義、そして俳句づくりに挑戦しました。

前半では、韓流ドラマ、音楽、グルメ、などで
日韓の文化交流が盛んになったとはいえ、
我々にはなかなか馴染みのないものの、
近年大きく躍進し続ける韓国のアート事情や、
世界の現代アート界におけるアジア、
そして韓国におけるアートの位置づけなどを学びました。

後半では、出展者の一人、俳人の石川まゆみさんを先生に、
「現代美術と俳句は似ている」という発想から、
アートから感じたことを
俳句で表現してみるワークショップを体験しました。

最初から「この作品で詠む」と決めているのか、惚れ込んだのか、
1つの作品の前から離れない『インスピレーションタイプ』。

一方、迷いながら隅々まで鑑賞して回った後に
じっくり考え込む『熟考タイプ』などさまざま。

最後に、お互いで投票し合ったところ、
トップは4票を獲得した「今はまだ 開花を夢見 カベの花」という俳句。

この学生さんは普段俳句を詠む経験はまったくないということでしたが、
だからこそよい句となったのかもしれません。

他にも日韓の歴史を意識したもの、
美術の意図とは関係せずに自分の解釈や気持ちを込めたものなど、
投票数に関係なく、素晴らしい名句が揃いました。

参加した学生さんからは「今後も俳句をやっていきたい」
「韓国のアートにも注目したい」というコメントもあり、
心ときめく授業になったようです。

| 広島アートレポ | 18:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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